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岡村孝子 あの頃ミュージック 第二回

テーマ 岡村孝子


  渋谷ファイナルの模様は、WOW WOWで放送予定 12月27日15時30分

  ポプコンまでの逸話は、もうお馴染みの内容。

  ソロ岡村孝子、シンガーソンクライターとしてやっていきたかったのに、
    ボーカルが気に入ってもらい『はぐれそうな天使』を依頼、有難いし嬉しいがショック。

  『夢あき』が入ったアルハム『liberte』を創った頃にようやくソロとしての自信。

  OLの教祖-悲しい事、大変な事があった夜は泣いちゃうため目が腫れちゃう。
    コンサートの朝は大変で、お茶や缶で目を冷やす。

  等身大-ライブではエンターテイナーを演じているので等身大と言われるのは意外。
  池上彰さんのインタビューはyou tube にあったような。
  
  10月19日でソロデビュー30年で、30年イアーにふさわしい一年にしたい。

  どこかのライブで何気なく新曲を披露できたらいい。

  『DO MY BEST』のような節目のベスト盤を出したい。

  CPのラストは大阪、楽しんで下さいね。

  ♪ あなたにめぐりあう旅 ♪

  『私 待ってま~~す ❤ 』 テレがあるのか、可愛いね ❤

  深夜放送全盛期、孝子さんも聴いていた。(つボイノリオ 兵藤ゆき)。

    意外でもあり、親しみがわく。放送局は違っても同世代(^_-)-☆
    当方ABCヤングリクエストは青春そのもの(^_-)-☆


  ソロデビーした頃の番組で、ハガキから色々想像するのが楽しかった。
    『ビヒダス レディオ ハイスクール』のことか。
     当時ファンでなかった、後日放送内容を知る。







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岡村孝子 あの頃ミュージック 第一回

(放送予定局) 
   KRY山口放送   毎週(月~金)05:00 ~ 05:10  09月28日(月)スタート 
   RNC西日本放送  毎週(月)20:00 ~ 21:00    09月28日(月)スタート
   SBC信越放送   毎週(火)18:30 ~ 19:00    09月29日(火)スタート
   BSN新潟放送   毎週(木)21:00 ~ 21:45    10月01日(木)スタート
   TBC東北放送   毎週(土)17:10 ~ 17:30    10月03日(土)スタート
   FBC福井放送   毎週(日)07:30 ~ 07:45    10月04日(日)スタート 
   SBS静岡放送   毎週(日)10:00 ~ 10:30    10月04日(日)スタート 
   HBC北海道放送  毎週(日)18:00 ~ 18:30    10月04日(日)スタート
   YBS山梨放送   毎週(日)18:00 ~ 19:00    10月04日(日)スタート
   RSK山陽放送   毎週(日)20:30 ~ 20:45    10月04日(日)スタート
   IBC岩手放送    毎週(日)16:30 ~ 17:30    11月01日(日)スタート



  ラジコプミアムと、録音ソフト『Radikool4』と『radika 』を駆使したが、
結局録音出来ていなかったり、
ラジコで聴いていても番組が始まるとだんだん放送が波立って間延びしてしまう。
20分番組でも25分という具合である。
パソコンのCPUの処理能力不足のためのようです。
結果そうこうしている内に3本を聴き逃した。
しかし有志のご厚意で、クリアな孝子さんの番組を聴く事が出来て幸せです。
また以前のように海岸通りの定位置で、
月曜日の夜はカーラジオから聴こえる孝子さんの雑音混じりのかすかな声を聴くと、
別の幸福感を感じています。
  
   気づいた事、心に残った事をメモしていきます。


  第一回目 テーマ 1985年(30年前)
     
     ソロビュー30年ということで。⇒ 少し緊張気味、すぐにいつものほんわかペース。
     ソロデビュー前の逸話はよく聴いた事。
     友達が着物の着付け教室の先生は初耳。
     1年くらい曲を書き留めていた。⇒この部分に拘った時期がありましたね(^_-)-☆
     情念と都会的な路線の真ん中を目指し、『風は海から』でデビューする。
         (濡れたヨーロッパサウンドにのせて淡々とクールに)
     ひとり暮らしの都立大前 ⇒30年過ぎて坂を登ったホールでCPライブとは因縁ですね。
     皆さんからのお葉書 メール、わたし❤待ってま~~す❤ ⇒色っぽくドキッとしますね。
     
あみん時代に財津和夫さんにソロ用の曲を書いてもらったが日の目を見なかった。⇒
     『海の見える私の町』だとか。
                   
あみん時代の失敗を繰り返さないとの孝子さんの拘りですね。
        


   



広島 廿日市の旅 復路ですよ~(^_-)-☆

 翌10月5日も晴天でした。
暑くもなく寒くもない、
絶好の行楽日和です。
昨晩の美酒の酔いもどこへやら。
ホテルの食堂で久々の和定食を頂きました。
JR広島から840円でどこへ行くのでしょう。
わかる人、(^O^)/
 本線下りに乗車します。
途中の岩国で、岩徳線に乗り換え。
電車が来るまでの一時間、ただボーと。
これから帰途に着くまでの道中を、
岩国駅のホームで、考えてました。
歩いて目的地まで行こうか、、、とも。
その気になるのも最初の目的地は隣駅です。
張りきらなくても、後半は歩きばかりです。
 どこかで観た風景に似ている。
でもここはJR西岩国駅です。
今回広島廿日市へ行くと決めてから、
ここだけは行ってみたかった場所です。
柱などはレールを転用しています。
数人の旅客が降りてしまえば、
駅員もいなく、静寂が戻ってきます。
 降り立ったホームと改札口を繋ぐ跨線橋。
擦れ違う人もなく、昭和の世界へ。
タイムスリップしたような佇まいです。
当然階段素敵でした。
 これも歴史を感じますね。
紺色の国鉄色の制服に硬券の切符と鋏。
そんな風景が蘇ります。
まだこんな駅が残っていたのですね。
撮り鉄さんは、いませんでした(^-^)
 過ってはここが、
岩国駅と呼ばれていたのですね。
雰囲気に酔いしれていたかったのですが、
ここでの時間は有りませんでした。
錦帯橋行きのバスが出ているはずです。
バス停もなく、訊く人もいない。
錦帯橋まで歩くと30分もかかります。
 定刻の時間なのにバスは?と。
眼の中に飛び込んだ物はこれだけでした。
駅前の道路の反対側に留まっただけです。
もちろんロータリーに入ってこなかった。
慌てて駆け寄り、行き先を見ると、
錦帯橋行きでした。
この時の判断がなかったら、
バスを見送っていたでしょうね(^_-)-☆
 駅前ロータリーを利用しないなんて、
不思議ですね。
10人乗りは、ひとり貸切状態でした。
ここからは一般観光客へ変身(^_-)-☆
10分で無事到着。
写真などで観る錦帯橋が目前にありました。
錦川に架かる錦帯橋を渡り、
川向うの岩国城ヘはロープウェーで登ります。
 ここでの滞在時間は2時間。
観光施設をフッ飛ばし、
乗り場へ着くと今まさに、出たばかり。
20分毎に出るとはいえ、帰りも同じミスに。
 お城の最上階からの岩国市街の展望。
遠く瀬戸内海が見えます。
山上滞在時間10分、すぐに乗り場へ。
でも出てしまってました(--〆)
 錦帯橋発12時16分高速バスに乗車。
広島本通り手前の広域公園前で下車。
ここでアストラムラインへ。
札幌地下鉄のように、
軌道上をタイヤで走ります。
ここのは高架橋を郊外の里山や、
ビルの合間を駆け抜けて行きます。
車内で見つけた、ホッとするメッセージ。
『一緒に乗るともっとうれしい』
 昼食に有りつけたのは14時。
広島の繁華街の一角。
お好み焼きの店を探したが、
なぜか一店舗しか見当たらない。
時間もなくここで済ませ、また地上へ。
最終目的地、元宇品へ。

 広島港行きに乗るまでのワンショット。
元宇品は広島港の一つ手前です。
広電本社前で乗り換え、想い出の地へ。
どんなに変わっているのでしょうか。
それともすぐにわかる風景が、
目の前にあるのでしょうか。
孝子さんに出逢う前の、青春のいちページ。
甘酸っぱい想い出の地です。

 電車は市街地を外れ、河を渡り
『海の見えるあの人の町』へ。
いや想い出の地はあの日以来、
心の中で美化さていたのかも知れない。
単なる『失恋の地』を、
『甘酸っぱい想い出の地』だなんて(^_-)-☆
 わずかに残る記憶の『鄙びた漁港』は、
どこにもなかった。
過っては『宇品』と呼ばれていた元宇品は、
ここから徒歩20分。
広島発の新幹線まで1時間少々。
さてどこまで散策出来るのか。
潮風の方向へ足を進める。
 地図の右端が広電元宇品口。
砂州のような箇所を移動し集落へ。
でもそこは別世界でした。
その地には不似合いな巨大なホテルがあり、
その集落を見降ろしていた。
やはり30年の年月は、全てを変えていた。
あの日行くはずだった燈台を目指した。
 『あの日の風景』
あの日ふたり、この風景を眺めるはずだった。
西陽は目にも、心にも眩しかった。
あの日のあの人の輝きのように、、、。
尾道での再会は、しばらくしてからでした。
それから10年。
毎年、出逢いの地の北海道を訪れていた。
 ラジオネーム『シアワセ ユキ』の由来は、
国鉄広尾線の『幸福駅』、とは表向き。
この時の『氏名』が、本当の由来。
でも頻繁に使用するようになったのは、
それから5年後の1980年。
孝子さんに出逢ってからです。
 結局あの日出逢った場所にも、
辿り着けませんでした。
30年余りの月日は長すぎました。
孝子さんに『おいでょ~❤』と誘われて、
宮島、錦帯橋観光と広電満喫の旅も、
残すところ広島滞在時間40分。
広電での移動、30分。
いつもハラハラする行程なんだろう。
 また時間ギリギリにホームへ滑り込み。
売店で定番のサンドウィッチを購入。
快い疲れが全身を占めていました。
本日ここまで19500歩、歩いていました。
ほどなくしてホームに入ってきたのは、
憧れの『500系』です。
この出逢いに先ほどの疲れもどこへやら。
思いきって乗ってしまえば、、との後悔も。
 人生どこでどんな巡り会いが、
有るかも知れませんね。
『T's GARDEN』で全国各地へ出掛け、
色んなものや色んな出逢いをしてきました。
今後孝子さんが『生涯現役』で有る限り、
ファンのひとりとして『手の届く範囲』で、
静かに見守り応援していきたい。
 そしていつまでも少しの好奇心を失わず、
前向きに、
直向きに、
今を生きていけたら、と思います。
 
 今回お世話になったのは『Rail Star』です。
『500系』と誤解していました(--〆)
車内が変???と思ったのは、そのせいでした。
 20時過ぎてからの城も良いものですね。
漆黒の闇に白が映えています。
地元にいると、なかなか目にしない風景で、
改めて観光客目線で見ると良いものですね。
ゆっくりと散策も良いかも(^_-)-☆
 プラチナチケット。
このチケットを見るたび、
あの日のあの風景が、目に浮かびます。
歌い終わった時の『10秒間の間(マ)』や、
ラストの『あの時の仕草』は、
僕の宝物です。
さて次回はどんな孝子さんに、
再会出来るのでしょうか。
素敵な出逢いを求めて、心は青春です。


潮の香りの中で




   9月下旬から始まった『岡村孝子のあの頃ミュージック』。
PCで聴けるはずなのに何故か番組が始まると雑音が入り、
孝子さんの声が途切れ途切れになってしまう。
どうも録音ソフトとの相性が悪く、それが影響してるようです。
近代的なシステムとはいえ、脆弱なんですね。

  先日から海を挟んで対岸の、西日本放送の微弱電波を拾いに出掛けている。
昔は砂浜で潮干狩りも出来た海岸だったが、埋め立ててしまって、
姫路の工業地帯の一角になってしまった。
この付近の工業地帯は17時の退社時間が過ぎると、全くの静寂の地。
海の見える橋の上に車を停め、20時の始まりを待つ。
時折通り過ぎる車と、ランニングの青年が過ぎていく。
窓を開くと潮の香りと波音が疲れを癒してくれる。
今日も雑音の彼方に、孝子さんの声にひたすら捜す。
どこの誰よりも早く声が聴きたくて、ここまで来ました。
手を伸ばせば届きそうな高松の電波。
遠く某国の電波が恨めしい。


  



広島 廿日市の旅 往路ですよ~ (^_-)-☆


  夢のようなあの日から、何日経ったのでしょうか(^-^)
もう遠い過去のような気もするし、昨日の事のような気もする。
整理するにも、そろそろ限界。
しないと健忘症が発症するね (^_-)-☆
いつものように時系列で記すのが、一番かな(^-^)



 朝は目覚まし時計が鳴る前に目覚めた。
まるで園児の遠足のようです。
窓を開けると、夜明け前の朝焼けです。
もしや雨が近いのでしょうか。
まあこれもお愛嬌ですね(^_-)-☆
雨は孝子さんにはお似合いと、
割り切っています。
 当然駅に着くのも、一時間前。
いつものように格安の旅で、
企画もののこだまに乗ることにした。
次々と700系の列車が着いては出ていく。
中ほどの線路は猛スピードで行き過ぎる。
10時過ぎまでが異常に長く感じられた。
心は広島なのに、まだ私はここにいる。
 定刻に止まった今日のお目当て新幹線。
顔つきの違いに、この時気がつく。
詳しくはわからないけど、
この方が愛嬌が有って可愛いね(^_-)-☆
JR西には500系が走ってたはずなのに、
もう引退したのかな?
型もカッコいいし、
車内もやや狭い気がするけれど、
狭いなりに、どこか落ち着く。
 今回のお得切符です。
定価で旅するなんて、
今時バカらしいですね。
探せば色々と有るもの。
でも多少の不便なことも有ります。
時間帯や車両などの指定が有るけど、
半額以下となれば、即決ですね。
自由席がガラガラというのも特徴ですね。
 追い越しの為止まってる事方が長い。
岡山も過ぎ、広島の少し手前の或る駅。
『東広島』って???
ホームに置いてある『こも樽』で納得。
『西条』である。
まち音『笠岡』の翌日、訪問した町です。
あの『女史』が住んでる町です。
ライブには参加されるのでしょうか。
 広島着12時18分。
宮島口には14時には着きたい。
広電での移動や、写真撮影を考えれば、
ゆっくりと食事など出来ない。
時間もないし、腹の足しになれば良い。
高架下の店へ飛び込む。
結果的に高いうどんに有り付く(^_-)-☆
検索するべきだったと反省(--〆)
 そのうどん屋からは、間近です。
絶えず出ていく広電。
今まで色んな町で乗ってきたけれど、
こんなに頻繁に出ていくのは初めてです。
また色んな方面も有り、
大人でもウキウキしますね。
かなり古い車両から、
最近のバリアフリーの車両まで。
 お目当ての宮島口行きが出てしまい、
しばし、行きかう電車を眺めてました。
広電は路面電車の博物館だと、
云われるのも納得。
 明日乗る広島港行き。
手前の『宇品』に淡い思い出が、、、。
あの頃は宇品が終着駅だったはずです。
もう何十年も前で、
どのように変わっているのでしょう。
それとも昔のままなんでしょうか。
 時間がないので乗った電車。
最新式の車両。
数年前の富山、先日の高岡と同じ車両。
音も静かですね。
型式が同じなのか、別物なのか。
下車しての撮影は、その時の雰囲気。
でも紙屋町がベストのようです。

 紙屋町には交差点を挟み、
『紙屋町東』と『紙屋町西』が有り、
地下街でも繋がっている。
ここからは各方面への電車が行き交い、
撮影のベストポジションです。
時の過ぎるのも忘れるくらいです。

 詳しい方ならどこから広電へ来たのか、
また歴史や装備などもご存じですね。
ただ眺めているだけで、楽しいですね。
 ホント色々とあります。
こうして一両だけというのも珍しいです。
 すぐにこんなに嬉しい状態に。
全て行き先は違います。
各方面10分毎だと、
自家用車は要らないですね。
ただ長崎でも感じた事ですが、
バリアフリーの車両でないと、
乗り降りが大変です。
観光客には珍しくても、
生活するには不便では、ね。
 宮島口行きも来ました。
この電車で1時間かかります。
隣の停留場が見えるのでは?と、
思えるほど頻繁に停車します。
でも安い。
広電西広島駅から専用軌道になります。
二両連結には車掌さんも乗ってます。
都会では珍しい光景です。
 地下街に降り、
紙屋町西に移動したら、
別のショットが撮れ、時間を忘れる。
 夢中になり、乗り遅れました。
いくら時間が有っても足りませんね。
宮島では、Sさんと待ち合わせしてます。
こんな事で良いのでしょうか。
 これは結構古株ですね。
まだ現役で活躍しています。
JR横川から来る車両のようです。
乗ってみたかったけれど、
次回の楽しみです。
 これが明日乗る予定の宇品行きです。
あの日、乗ったかは記憶が有りません。
覚えているのは、終点で降りた事。
寂びれた港町だった事。
そして、、、、。
 定刻より10分遅れで、
終点広電宮島口駅へ到着。
路面電車の終着駅って、
寂しいものなのに、別世界です。
団体さん、家族連れ、女子会、
そしてオバサン族。
観光地へいよいよ突入です。
 皆さんが去ってから、パチリ。
こんな事してる場合ではないのにね。
結果またまた、1便乗り遅れました。
 途中でチケットを買いました。
JR系と広電系のフェリーが有り、
今回は広電系に乗る事に。
10分置きに出るなんて、都会並み。
 ぼやぼやしてる内に、
出てしまったフェリーです。
フェリーと云いつつも、
車の姿はなかった。
遠く宮島の厳島神社の姿が、
ぼんやりと見えます。
所要時間は10分。
 フェリーからの宮島です。
船着き場から、神社まで20分。
この知識が誤解の元でした。
宮島口から神社参拝して戻るのに、
1時間くらいとの甘い考えでいました。

 Sさんの先導がなかったら、
宮島内で迷子になっていたでしょう。
宮島の船着き場でSさんと再会し、
その後お世話になりっぱなしでした。
遅くなりごめんなさい。
そしてありがとうございました。
 奈良の鹿とは違い、
おとなしいですね。
また自然に溶け込んでいました。
 有名な鳥居ですが、
近くで見るとチョットがっかりです。
京都の伏見稲荷の鳥居の色を、
イメージしていました。
 写真は撮ってるものの、
印象は少ないですね。
『観光地』は本来嫌いだったけれど、
それでも死ぬまでの記念に。
 ここへの本来の目的は、
お守りを買う事。
孝子さんの『良縁祈願』と、
僕の『交通安全』のお守りです。
 えっ、京都?って思うのは短絡的ですね。
ただただ珍しくて、撮っただけ。
 撮ろうかどうか迷ったけれど、
あちらこちらでシャッター音。
厳粛な雰囲気に、水を差さないか。
お幸せに(^-^)
 これが今回のお宝です。
こんなポストは、
阪堺電車に乗った時以来です。
懐かしいでね。
時間が有ったら、
ここから手紙書くのも良いでしょうね。
 結果Uさんとも20分遅れで再会。
いつも穏やかなその雰囲気に、
癒されますね。
広電で10分ほど戻り、
今日の最後で最大の目的地、
はつかいち文化ホールの最寄り駅、
広電廿日市市役所前駅です。
 17時開演なのに、16時30分に到着。
HPでは知ってたものの、
目の前にするとドキドキします。
30分もすれば、
孝子さんが目の前に現れるのです。
目の前に、ですよ(^_-)-☆
 今回お世話になったAさんとも、
無事再会しました。
本当にお世話になりました。
ありがとうございました。
ライブ後の酒宴に参加されないのが、
ホント残念です。
孝子さんの最近のお出迎えの笑顔です。
 休憩中の外の様子。
夕焼けは期待できないようです。
ライブは大盛況です。
孝子さんはいつものように可愛く、
少女のようなチャーミングさも素敵。
 こんな夕景だったら、
最高だったのですが。
でも雨に降られなく、
晴天に恵まれて、
孝子さん、雨女返上ですね。
 出待ちの規制もきつく、
早々に退散です。
ワンボックスの窓越しの、
孝子さんの笑顔がチラリとだけです。
Aさんと別れ、広電で一時間。
広島の繁華街の雑居ビル。
自分が描いていた理想のライブだったし、
気心の知れた孝子ファンと呑む地酒は、
最高です。
次々と運ばれる料理と、地酒。
そして孝子さんの事を肴に、心も満タン。
時間はいくら有っても足りません。
楽しいひとときは、
思いのほか短いものです。
いつか呑み明かしたいですね。
 ネットでの情報だと、
もっとにぎやかだと思った。
日曜日はこんなものですか。
その方がゆっくりと話は出来た訳ですが。
それにしても皆さん、
孝子さんへの拘りがすごい^_-)-☆
僕などまだまだヒヨッコです。
Mさんライブ記事の速記方法、
色々とご指導願います。
 そうそう料理は新鮮でした。
ただ量が貧相でした。
呑みながらの、注文が難です。
大皿が有れば、と今頃気づく。
 せっかくの吞み会。
写真を撮ってて良いのか、
との思いもありましたが、
こうやって記念に残すのも生きた証。
大好きな孝子さんに誘われ、
同志との記念写真を、
載せらないのが少し残念。
ネットの怖さも有るので、ご理解を。
 色んな話をしているうちに、
酔っ払ってました。
こんなに呑んだのは久々です。
ありがとうございました。
またお逢いする日を、
楽しみにしています(^_-)-☆
 これが今回のプレミアムチケットです。
この感激はわからないでしょうね。
肉体的、心理的な御苦労の末ですね。
Aさん、ありがとうございました。
またどこかでお会いしましょうね。
一枚のチケットが見知らぬ土地へ招き、
ジッと見つめる瞳に、
答えた『笑顔』は僕だけのもの(*^^)v
無理に逸らした仕草は、
愛らしいですね(^_-)-☆
 今回の広島行きに利用したサイト。
深夜バスより安く、便利です。
さて来年は利用できるかな?