岡村孝子 2016/06/21 虹のパレット ~ 人を前に進める言葉紡ぎたい 虹のパレット 人を前に進める言葉紡ぎたい 毎日新聞2016年6月20日 愛知県 わが家のリビングのテーブルの上の花瓶にはT'ガーデンコンサートの初日、千葉県松戸市で頂いた花が咲き誇っています。匂いたつ真っ白なカサブランカと、白と先端がうす紫のかれんなツリガネ草。玄関に飾ったかご花の中でしおれかけてきたのを花瓶に移したら見事に復活。あまりにもきれいなので毎日「きれいだね〜」と家族で声をかけていたところ、もう2週間以上たったのに、まだまだ元気。花の方も「ほら、見て見て!」と言ってるかのようです。何だか言葉がわかるみたい。 そう言えば先日、うちの愛犬りりぃがサマーカットした時のことです。耳の下の飾り毛が自慢のロングコートチワワのりりぃ。カットから帰ってきたりりぃはボーイッシュな子ヤギみたい。「男の子みたい」。笑いながら出迎えたところすっかり落ちこんだ様子。しょんぼりしてカーテンの後ろで考えこんでいます。 呼んでも恨めしそうに上目づかいにこちらを見上げたり、目をそらしてみたり。飾り毛がお気に入りだったみたいですが、何よりも「かわいいー」と言う言葉が大好きなりりぃ。散歩中にどこかで誰かが他の犬に「かわいいわねー」と声をかけても「私の事?」みたいに振り返って声の主を探してしまうほど……。「かわいい」が大好きなりりぃにとって、それ以外の言葉は心地良くなるものではなかったのでしょう。 あまりに落ちこんだりりぃ。信頼関係を失くしては大変!とみんなで「かわいい」と心から声をかけ、なでたり、ハグを繰り返すうち、ようやく寝る頃には機嫌を直し、私たちもホッと胸をなでおろしました。 植物や動物でさえ、こんな具合です。ましてや言葉のわかる人間にとって言葉とは……です。この上なく自信になって前に進む力になることもあれば、凶器になって人を奈落の底まで突き落とすこともあります。 8年前に他界した父ががんで闘病中、何度も命の危機を迎えた時、先生方や看護師さんたちに励ましてもらったと、とても感謝していました。「もう少し頑張ったら、孫に会いに行けるよ」とか「今回乗り越えたら、孝子さんのコンサートがあるよ」。馬の鼻先のニンジンのように目標をくれた……と。 病状を良く理解した上でも希望を持ち続けた父でしたが、もう効果的な治療がなく、ついに緩和治療でホスピスを勧められました。その頃、流行したテレビ番組「宮廷女官チャングムの誓い」に重ね合わせて、時々見ていただく女医の先生が大好きだった父。産休をする先生が「もう二度と会うことはないけど頑張ってね」と。 ネガティブに受けとめた父とその日、帰宅して犬の散歩をしている最中、田んぼの道にぺたりと座りこみ、「もう歩けない」とひと言。涙こそ出ていませんでしたが、私はその時、「あー今、父は心の中で泣いている」と感じました。言葉ってこわいな……。 私もメロディーに詞をのせ歌う仕事をさせていただいています。言葉は単なる言葉を越えて、独り歩きしていくことがあるなあ〜と感じる時があります。それを肝に銘じて、人を傷つけるのではなく誰かが前に進むきっかけとなるような言葉を紡いでいけたら……と思います。 (シンガー・ソングライター) ■人物略歴 おかむら・たかこ 1962年愛知県岡崎市生まれ。椙山女学園大学在学中に同級生の加藤晴子さんとデュオ「あみん」を結成し、82年に「待つわ」でデビューした。85年にソロデビュー。87年に発表した「夢をあきらめないで」はロングセールスを記録した。渋谷公会堂メモリアルライブを収めたブルーレイ「ENCORE8」を発売中。9月7日、ソロデビュー30周年記念ベストアルバム「DO MY BEST 2」発売予定。 匂いたつ真っ白なカサブランカ 白と先端がうす紫のかれんなツリガネ草 PR