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音楽取り戻せた英国生活~YOMIURI ONLINE 情報

◇たからもの

 自宅のリビングのサイドボードに、お盆ほどの大きさの置物を飾っている。

 木の縁があり、浮き彫りの技法で描かれているのは、ロンドン郊外の村・チェッケンドンにある荘園の領主が住んでいた屋敷。外観は築400年という古い石造りだが、屋内は改装されてスタジオになっている。

 1989年から7年間、春になるとこのスタジオに3週間ほど滞在する生活を続け、アルバム7枚を制作した。最後のレコーディングを終えて帰国する日。イギリス人の支配人やエンジニアたち6、7人が「チェッケンドンを忘れないで」と、置物をプレゼントしてくれた。裏面に寄せ書きもあった。

 作曲のために部屋にこもりがちになると、「もっと外に出たら」と心配してくれ、家族のような存在になっていた。置物を受け取ると、別れのさみしさがこみ上げた。

 今でも、ずっしりと重い置物を手に取ると、なだらかな丘が広がる風景が目に浮かぶ。「締め切りに追われて曲を作るのではなく、自分の中から音楽が出てくる感覚を取り戻せた場所なんです」

 女子大生デュオ「あみん」として82年にデビューし、「待つわ」が大ヒット。3年後にソロデビューして、「夢をあきらめないで」が幅広い世代の心をとらえた。

 人気が高まり、「明日までに作詞する」「2日間で3曲を作る」など締め切りに追われるように。ノートや原稿用紙に何小節分かのメロディーを書き、歌詞をはめ込んでいく。三日三晩ほとんど寝ずに作詞したこともある。そのうちに疑問が膨らんできた。「私は本当に音楽が好きなんだろうか?」

 最も音楽が楽しかったのは、高校卒業後に通った作曲編曲教室。温泉街で合宿し、仲間と徹夜で曲を作るのだ。スタッフに「あの頃は音楽が楽しかったな」とこぼすと、「おもしろいスタジオがある」と、チェッケンドンを教えられた。宿泊施設もある。「スタッフと合宿してレコーディングできたら、もう一度音楽を楽しめるかも」

 10人ほどのスタッフと初めて出かけたのは89年。作曲だけでなく、アフタヌーンティーを楽しんだり、テニスやゴルフで汗を流したり。地平線まで続く丘を見ていると、「『歌詞が書けないかも』とくよくよ悩んでいた自分が小さく思え、『やっぱり音楽が好き』と気づくことができました」。

 「いつか感じる心さえ 失なくしかけてた」「素直なときめきで 本当の私をとりもどしたい」という当時の心情を歌った「虹を追いかけて」を収録したアルバム「オー・ド・シエル」は大ヒットした。

 出産や子育てを経て、今は家事の合間を縫って作曲する日々。慌ただしい毎日の中で、サイドボードの置物が目に入ると「音楽だけに打ち込めて、夢のような幸せな時間だった」と思い返す。そして、チェッケンドンで取り戻した「素直なときめき」がとらえた日常を曲にして、透き通った歌声を届け続ける。

   吉田尚大)

 
  ♡おかむら・たかこ
シンガー・ソングライター。1962年、愛知県生まれ。82年に「あみん」としてデビューし、85年にソロ活動を開始。今年11月には8年ぶりのベストセレクションアルバム「After Tone Ⅵ」を発売。12月には大阪と名古屋、東京でライブ「クリスマスピクニック」を行う。



      
    
「自分らしい自分に戻り、ピュアな感覚を取り戻せた思い出の場所です」
        (東京都内で)=藤原健撮影







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