忍者ブログ

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


あの頃ミュージック88回目西日本放送2017.6.29


   テーマ  お茶



   ♬ もっと自由に ♬  


  偶然にも今回が通算88回目の放送。そういう偶然ってあるんですね。
私は子供の頃から大好きです。
父がすごくお茶が好きで、小学校の頃から玉露のような高級なお茶を飲むともったいないんで、
熱いお湯を入れても味が落ちない、熱湯玉露をいつも飲んでいた。
歯医者さんに行くと『お茶好きですか。歯が、茶渋が付いてます』って言われるぐらいにお茶が大好き。
周りの親戚や友達から茶ババって呼ばれていた。
私の住んでいた岡崎市は静岡のお茶と京都の宇治のお茶が入ってた。
どちらかと言うと静岡のお茶が大好きで、娘は冷たいお茶しか飲まないけれど、
冷たいお茶を飲むとお腹を壊してしまうので、ちっちゃな頃からずっと熱いお茶を飲んでた。
今でも狭山茶とか八女茶とかいろんなお茶を飲みましたけども、静岡のお茶を飲む事が多いです。
『さえみどり』って好きで飲んでます。
つい何年か前にほうじ茶、こんなおいしいお茶があるんだっていうのを知った。
しかし緑茶が一番合ってる。
半年に1回歯医者さんに点検をしてもらいに行くと、
茶渋が付いてますけども、そんなにお茶とかコーヒーとか好きですか』って言われる。


   
   ♬ 四つ葉のクローバ ♬


   ♬ 心のフレーム ♬  




   ♬ 八十八夜 ♬   NSP

 
  お茶の色が結構濃いめに出ても、茶ババの私としては結構濃くても大丈夫ですよ、薄いよりは。
薄いお茶を出されるとちょっとうん?とか思いますけど、濃い分には私的にはOKです。
色々な所でゲストでお邪魔した時、時々お茶を出して頂く事がある。
局の女性ではなく男性がお茶を持って運んでらっしゃる場合もあるんで、時代が変わったのかな。


  電車に乗って色んな所へ行く。
電車の線によって色々とカラーがある。
地下鉄ではみんなスマホをいじっている。  
最近郊外に向かう電車に乗っていたら同じ時間帯、同じ長さ乗ってても、
移り変っていく景色見てると、心が凄く和やかになる。
たまたま乗った朝の混んでいる電車で、
身体をよじったり、顔に当らないようにみんなつり革を持っている。
ある男の人がつり革持つ時に、肘が私の頭の上に載せてきた。
ちっちゃい方なので、『え~っ!!!』と思ったら、違う日にも肘を顔の前に。
なんでこんなに、顔の近くに肘があるのかな。
私もさりげなく、肘で身体を押してみた。


  
   ♬ 琥珀色の想い出 ♬  


   孝子の応援し隊


『○○のお母さん、気をつけてこれからも毎日楽しく元気に過ごしてください』



   ♬ 晩春 ♬  


   孝子からのお知らせ


  T's GARDEN 2017

 6月18日神戸ポートピアホール

 7月1日千葉県文化会館

 10月15日香川県三木町文化交流会館

 10月29日三重県亀山市文化会館


PR

シアワセ ユキのあの頃ミュージック


   孝子さんの番組に影響されて、自分の過去を振り返り、

その時々に影響を受けた番組や曲を挙げてみた。


   
  
  青春時代の初めての挫折した時に出会った『小椋佳』の世界。
それまではラジオから流れるお気に入りの曲を、カセットに録音して楽しんでいた。
『しおさいの詩』など聴くと、今でも目頭が熱くなる。
初めて買ったのは小椋佳のLP。しかしある時点から離れる。


  木戸を開けて~家出する少年がその母親に捧げる歌  小椋佳  1972年3月発売





  
  聴き始めがいつの頃かわからないが、いつしか日課になり心と身体を癒やす番組でした。
恵美子さんの声とそのテーマソングに魅了され、毎日の仕事の疲れを癒やしてくれていた。
でも夏場はナイター中継のため、何度も中止に追い込まれた。
今でも野球が大嫌いなのも、この頃の刷り込みです。
歌手としての恵美子さんは知らないけれど、番組に詩を投稿したり和歌山県加太での特番も参加した。
1982年8月の最終週の初日で結婚報告、突然番組が終わった。(他局では週末まで有った。)
『エミコの長いつきあい』は、今の孝子さん的存在でした。
放送日 1974年10月7日~1982年8月27日

yukiの長~~いつきあい』  ※ 音源はインターネットエクスプローラーにて開いてね(^_^)v



 エミ長 公録  中山恵美子  






 
  これも仕事疲れで癒やされた『谷山浩子』の名曲。
神戸市須磨区にラジオ関西が有った頃に、『ギャルギャル神戸』のDJをしていた。
当時まだマイナーだった浩子さんのファンだった。西島三重子さんと交替で担当していた。
この番組でも詩を募集していたので、それまで認めていたもののひとつをダメ元で投稿。
見事採用され、浩子さんに曲を付けて頂いた。
ピアノの弾き語りで、一週のはずがなんと四週もラジオから流れた。
下期だけ3年で番組は終わり、浩子さんはオールナイトニッポンでメジャーに化けてしまった。
ラジオ関西では『隣のミヨちゃん』的存在の浩子さん、ピーク時は山口県まで遠征していた。
曲の雰囲気や詩の内容もだんだん変ってしまったように感じられ、少しずつ減っていった。
彼女に求めていた何かが少しずつ変って行った。



 忘れられた部屋で 谷山浩子  1978年9月21日 発売







  三重子さんとの出逢いはやはりラジオ関西の番組。
番組が終えてから曲に親しむほどに、浩子さんから三重子さんへ比重が変った。
岡村孝子さんのファンになってから、三重子さんの詩の故郷を訪ねた。
『池上線』『千登勢橋』『目白通り』などの詩の世界に浸った。


 千登勢橋  西島三重子  1979年発売






 
  第二の挫折の頃、北海道を放浪していた。
自転車、北海道ワイド周遊券、ユースホステル、、、、。
当時人生の道標を追い求めていた。
でもそこには何も無かったけれど、その時以来『ダメ元精神』が刻まれたと思っている。
『旅の終わりに』なんて、封印したい。
 
 北国の想い出  芹洋子 







  深夜放送に嵌まっていた頃、関西では『ヤンリク派』と『ヤンタン派』があった。
番組の後半、深夜二時を過ぎた頃の『心の旅 遠くへ行きたい』コーナーが好きだった。
この番組で貰った『ヤンリク手帳』は今は黄ばんでいます。

  ABC ヤングリクエスト  1966年4月から1986年10月3日







  そして人生で仕事でイケイケの日々の中、三度目の挫折のある日、孝子さんに出逢いました。
関口さん司会の『知ってるつもり』の初回を観ていて、
ラストに流れていたこの曲に、後頭部を殴られたような衝撃を受けました。
そしてその日以来まだ観ぬ孝子さんと、孝子さんの詩の世界に恋をしました。
岡村孝子さんのファンクラブに入ったり、カセットテープやLPを買い、
一年後初の大阪城ホールで『動く孝子さん』と出逢いました、、。
あの時以来30年近く、今日まで孝子さんのファンで居続けています。
あの日、あの時の偶然に感謝します。

  
 
  愛がほしい  岡村孝子  1989年10月08日 『知ってるつもり』 のエンディングテーマ




  



  こうして記してみると暗い歌ばかり。

でもその中から『ひとすじの灯り』を見つけ、今日のシアワセ ユキが存在して居る。

これからの人生、孝子さんが永遠のミチシルベなんでしょうか。
















あの頃ミュージック87回目西日本放送2017.5.22


  6月3日からT's GARDENコンサートが始まり、リクエストに応えられるよう選曲している。
今回のメニューが気に入ってもらえるといいな。
近くのお庭にお邪魔したら是非普段着で遊びに来てください。


    テーマ 図書館



   ♬ 山あり谷あり ♬  


  割りと本が好きだったので、小学校の時は友達と競い合って図書館に行った。
毎週1冊本を読むと決めてた。
本の匂いがすごく好きで、匂いに囲まれてるとすごく落ち着く。
図書館に行っても、お腹が痛くなるという事は無かった。
小学校の時は推理小説やミステリーやコナン ドイル。
中学の時は山本周五郎さん、有吉佐和子さん、最近はもう宮部みゆきさんの本が大好き。
学園ものの辻村深月さんの本も好き。
その作家の方が大好きになると、全部集めないと気が済まない。
なので家の本棚にはもう宮部みゆきさんの本が全部入ってる。
ハードカバーの大きな本で全部集めていて、結構場所を取るのでどうしようかと今思ってる。
娘の友達や知り合いが家に来たら、宮部みゆきさん達の本がずらっと揃っているので、
ここに来れば読めるという事で、貸してくださいと言われたまま2年ぐらい帰ってこない。

『夢見る頃を過ぎても』や『HAPPYをさがして』などの本が、
大きな図書館に『岡村孝子』って書いて置いてあると、気持ちがいいのかなとか思ったりする。
まず本を書かないと置いてもえらえません。



   ♬ looking for dream ♬  

   ♬ Good-Day ♬  



  孝子さんから作品が大好きだとお言葉、作家の先生『ろんぐまさん』のメール
   

   ♬ 白いページの中に ♬  あみん

  
   あみん時代、カラーの取材写真取材記事と写真を撮るために、
歌番組の合い間をぬって京都も何回も行かせてもらったり、
スキーできないのでソリに乗る、その写真を撮るためだけに北海道とかも連れて行って頂いた。
京都が大好きだと言ったら嵐山と嵯峨野のコスモスの花の中で撮ったり、
有名なお豆腐屋さんの前で撮った。
北海道のゲレンデではスキー場寒くて、私は鼻の頭を真っ赤にさせて、ハコは寒冷ジンマシンが出た。
『消し忘れたメッセージ』というあみん時代に本を出した。
グアムに連れて行って頂いてたくさん写真を撮った。
写真撮るからとミニスカートやタンクトップなどの衣装の中に、ドサクサにまぎれて水着が入ってた。
取材、撮影では着なかった。
グアムのヒルトンホテルでの取材が終わって夜真っ暗になってから2人で、
『誰もいないからハコ泳ぎに行こう』と言って、水着を着てプールに行った。
『消し忘れたメッセージ』持っている人本当に少ないんじゃないかなと思う。
たぶんソロデビューしたての頃は本当にこうじゃなきゃいけないみたいな事を私も言っていた。
今は丸くなり、その頃の私とは今はちょっと変わった。
 



    ♬ 笑顔にはかなわない ♬  


   孝子に教え隊

 ユーキャン 特別編


   ♬ 心の草原 ♬  



   孝子からのお知らせ

  
  T's GARDEN 2017

    6月3日松戸
    6月18日神戸
    7月1日千葉
    10月15日香川県
    10月29日亀山







人生プラスマイナス ゼロ かな (^_^)v


  昨年末の『孝子のあの頃ミュージック』に『風邪のプロセス』で採用され、

もう半年間は採用されないだろうと思いつつも、コンスタントにメールを出し続けていた。

そして会報に載っていた衝撃な内容、

インターネットラジオ『T's GARDEN』の公開録音が、4月23日東京のヤマハの会議室という、

関西のファンにとっては絶望的な内容でした。

ダメ元で、今年の運試しという不謹慎な気持ちで当選するはずが無い。

結果は落選、でもそのハガキの内容でさえその時は凄く満足していた。


  参加されてた有志の方々の情報では、至福の時間だったという。

もっと真摯にハガキを書くべきだったと、悔やんでもすでに遅し。

数metre先に孝子さんが居て、メールを読まれるくらいならまだしも、

曲の間にお喋りが出来たり、収録後ジャンケンでサイン入りポスターが当ったり、

孝子さんと握手をしながらお喋りも出来たとの事。

孝子さんの長年のファンにとっては、夢のような至福のひとときだったようですね。




  『落選ハガキ』をパソコンの横に絶えず置き、何かに取り付かれたようにメールしたものが、

公開録音の翌日4月24日に『あの頃』で採用されたのは、何かの偶然なんでしょうか。

その後5月8日にテーマ投稿『免許』で採用、

なんと5月15日『ラブレター』でも採用されリクエストも採用されました。

その上孝子さんから心温まるコメントも頂き、こんな幸せ者は居ないですね。

孝子さんが思われるような立派なファンでは無いのに、本当にいいのかな。

奇跡のような一ヶ月間でした。 ありがとうございました。

人生山あり谷あり、朝の来ない夜は無い。

人生プラスマイナスゼロ、どころかこんなラッキーな事が続くと後が怖いですね。

香川県三木町、ハズレかな(^_^;)  
  


  これからも益々精進して、恥ずかしくない孝子さんのファンとして、

いつまでも現役で応援していく所存です。



    2017.5.18      シアワセ ユキ